普段は比較的落ち着いている軍法会議所だが、今日はやけに緊迫した空気が室内に漂っていた。

「今日中に全て元に戻すまで帰れないと思えよ!」

「はっ!」

慌しい足音と共に次から次へと運ばれてくる箱。
そこには今まで整理されていなかった書類が大量に詰め込まれていた。
その中に今関わっている事件の手がかりがあるかもしれない、という情報を入手したヒューズは今朝から部下を総動員して手当たり次第箱を開いていっている。
必要と思われる書類が全て彼のデスクの上に置かれ、不明と思われる物は更にその横の箱に大量に積まれている。今日の彼の仕事はこれらの書類の分別で終わりそうだ。

「・・・ったく、今まで何してたんだ。」

口では文句を言いながらも書類の中身を次から次へと脳へインプットするかのように目はせわしなく動き、ペンを持つ手も止まらない。
山積みにされていた書類が見る間に減るが、それに反比例するかのように不明書類が次々と増えていく。
今もまた、新たなダンボールが彼の隣に置かれたのを見て、持ってきた男にヒューズがため息交じりに声をかけた。

「・・・で、・・・あとどれくらいだ。」

「まだまだ届いてますよ。」

「判断くらいお前らでも出来るだろ。」

「出来る限り自己判断で処理していますが、やはり重要書類となると我々では・・・」

有能とされるヒューズの部下。
いくら不要といわれている書類であっても、重要と判が押されている物は自らの意思のみで破棄するには躊躇われる。
その気持ちが分からないでもないヒューズは小さく息を吐くと、足元にあった山積みのゴミ箱を指差した。

「すまんがコレを破棄してくれ。」

「は!」

自分が持ってきたダンボールをヒューズの横に置くと、その代わりに溢れんばかりに押し込まれているゴミ箱を持った部下にヒューズは小声で呟いた。

「・・・過去の日記の処分だと思って念入りに破れよぉ〜」

「はっはい!」

顔色を変えて勢い良く飛び出して行った部下を見て、くっくっく・・・と声にならない笑いを漏らした。

「ははっ誰にでも経験あるもんだな。」

そんな風に部下をリラックスさせながら再び手を動かすが、隣に詰まれた山は減りそうもない。

「やれやれ、今日も残業か・・・」

バリバリと頭をかきながら新たな書類の山に手を置くと、背後から慣れ親しんだ声が聞こえた。

「随分忙しそうだな。」

「多忙の所失礼致します、ヒューズ中佐。」

振り返ると、いつもの自信満々な笑みを浮かべたロイ・マスタング大佐とその部下リザ・ホークアイ中尉が立っていた。

「過去のお偉いさんの尻拭いってとこだ。」

「お前がやらなくてもいい事だろう?」

「・・・誰かさんが必要とする情報が、どうやらあのお宝の山に隠れてるらしくてな。」

「ほぉ・・・随分と面倒だな。」

「ま、お前さんの手を煩わすような事はない。」

ヒラヒラと手を振りつつもヒューズは今までまとめていた資料をホークアイ中尉に差し出した。

「先日頼まれた○○地区の状況だ。」

「ありがとうございます。」

「あとこっちの書類だが・・・ロイ、どう思う。」

「どれだ。」

少し黄ばんだ紙を差し出されたロイはそれを受け取り、目を走らせた。
ロイの様子を眺めながら、僅かの休息とでも言うようにヒューズは冷えたコーヒーに口をつける。
やがて目を通し終えたロイがニヤリと口元を緩め、その書類をホークアイ中尉に無言で手渡した。

「・・・上等だ。」

「そうか。」



何も言わずとも通じ合う二人に余計な言葉はいらない。



「他には何かないか?」

「そうだな、今見ていた書類なんだが・・・」

ヒューズが読みかけていた古ぼけた冊子を手にロイの隣に立つと、細かな字をペン先で示しつつ重要と思える場所に印をつけていった。

「ほほぉ・・・」

「俺としてはこの注記が・・・」

ヒューズ中佐!

二人が顔を突き合わせて細かな文章に目を向けていると、不意にヒューズの名を呼ぶものがいた。
ヒューズは顔をあげず、声だけ相手に向ける。

「なんだ、来客中だぞ。」

「すみません、お電話が入っていまして・・・」

「後でかけ直す。」

辞書のような細かな記述を追っている今、視線もペン先も動かす事は出来ない。
ヒューズは部下にそう言い捨て、続きをロイへ説明しようとしたが・・・遠慮がちな部下の次の声でその動きをピタリと止めた。

・・・ご自宅からですが



――― 次の瞬間



ここ、このまま押さえとけ。」

ロイの手に自分の持っていたペンと本を無理矢理ねじ込むと、ヒューズは机上の電話に手を伸ばす。

ヒューズ!

「手ぇ離すとも一度その部分探さにゃならんぞ。」

・・・っ!

「おい!とっとと電話回せ!!間違って切った日にゃ、お前の給料もカットするぞ!」

「はいっ!!」

電話の呼び出し音が鳴ったか鳴らないか分からないほどの速さで受話器を取ったヒューズの顔が僅かに緩む。

「・・・どうした、グレイシア。」



今、彼らの目の前にいるのは先程までの職務を全うしている軍人の男の顔ではない。
家庭を顧みる余裕のある・・・男の顔だ。



「あぁ、今日も遅くなりそうだ。」

周りの人間も彼が今、誰と話しているのか一目で分かるほど空気は柔らかな物に変わっている。

「なるべく早く片付けて帰る・・・」

そう言って受話器から耳を離そうとした・・・が、次の瞬間まるで耳に受話器が入りそうな勢いで受話器を耳に押し付けた。

「どぉ〜したんでちゅか〜エリシアちゃんw」



――― 軍法会議所のデスクに置かれていた箱が、一斉に崩れた ―――



「そうでちゅか〜今日のオヤツはホットケーキだったんでちゅか〜w」

これが先程まで、部下に激を飛ばしていた男なのだろうか。

「パパもねぇ〜早く帰ってエリシアちゃんと遊びたいでちゅよー?」

部屋にいた部下達の視線が一斉にヒューズの元へ集まる。
そんな彼は、今までキチンと分類されていた書類を投げ飛ばして机の上に寝転がりながら電話の向こうの声に反応し、まるで猫のようにゴロゴロと転がっている。

「いやーなオジちゃんがパパにたぁ〜くさんお仕事させるんですよぉ?」

側でヒューズの電話を聞いていたロイが思わず反応する。

「・・・オジちゃん?」

「大佐の事でしょう。」

私はまだそんな年ではない!

「いいえ、充分そんな年です。」

あっさり切り捨てられた大佐を無視し、尚もヒューズと娘の会話は続く。

「パパ、一生懸命頑張るから・・・いい子で待っててくだちゃいねぇ〜」

ついに受話器に向かってキスをし出したヒューズの姿を見て、彼の下について日が浅い部下は目を点にし・・・手に持っていた物を全て床に落としてしまった。
勿論、後に我に帰った先輩たちに後始末を言い渡されるのはお約束である。

「ん〜パパもエリシアちゃん大好きですよぉ〜w」

おい!ヒューズ!いい加減に・・・」

その親ばか加減に痺れを切らしたロイが右手の発火布を擦ろうとした瞬間、ホークアイ中尉の厳しい声が背後からかかった。

大佐!

「止めても無駄だ、中尉。あの馬鹿は一回灰にならんとわからんらしいからな。」

「では、所持されている本の指定されたページを開き、示された部分にペンを置いたままでどうぞ。」

「・・・何?」

「辞典のように細かく書かれている文章の必要部分が大佐にお分かりになっているのでしたらどうぞご自由に。」

中尉に示された本に書かれている細かな文字で上から何行目、と言うのを数えるのすら少し困難だ。
今は細いペン先が必要な部分を示しているが、それが少しずれればもう元の部分を判明するのに時間がかかるだろう。

「お分かりになりますか。」

「・・・」

「では、中佐の電話が終わるまでそのままでお待ち下さい。」



それから10分ほど、赤ちゃん言葉で愛娘と会話するヒューズの姿を・・・時折手を震わせながらも必死で指定部分からずらさない様努力しつつ睨み続けるマスタング大佐がいた。



――― 視線で相手を射殺す事が出来れば



と、彼が思ったかどうかは定かではない。





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ファイル整理をしていたら、過去にねこさんへ贈呈した鋼話が出てきたので引っ張り出してみた。
・・・確か親バカヒューズを書いてくれって言われたんだっけか?
それにしても私の書くヒューズはともかく、どうしてロイは報われないんでしょ?
でも私はこんなヒューズと大佐とリザ姉が結構好きです。
今現在、ヒューズの後を追って風見のお気に入りとなっているのは・・・ハボックさんです。
その前はバリーがお気に入りだったんですが、彼もお星さまになってしまったので・・・(苦笑)
っていうか、どうして鋼は私が気に入ったキャラから死んでくかな(苦笑)
ハボックさんも原作では現役引退・・・とは言ってますが、努力してオイシイ所で戻って来ると信じてます。
ハボックさんの声も、松本さんなんだよなぁ←とことん弱いな、松本さんに(笑)